共同研究開発の成果を最大化する方法! 共同研究開発契約入門(1/3)

1 はじめに
1.1 他社や大学と共同研究開発を始めるときのお困りごと(このトピックスの提供するメリット)
- 共同開発に入る際に、どのような取り決めをするべきか、お困りではありませんか?
相手と話もだいぶ詰めてきて、いよいよ共同開発することに決まりました。
でも、共同開発の全体像は分かっていても、お互いの業務分担、スケジュールなどの詳細、そして得られた成果の取扱いなどを具体的にどう決めて、どんな約束事として残しておくべきかについてお悩みもあるのではないでしょうか?
- 共同研究開発時に取り決めておかずに後で困ること
共同開発に入る前に、相手と取り決めておかないと、共同開発中やその後に困ることとしては、
業務分担、費用負担とその変更の仕方、得られる成果の特定方法、開発成果の帰属(配分)と成果の実施方法、開発前にお互い持っている技術の利用や開発後のお互いの技術開発、秘密情報の管理など等が挙げられます。
- 本トピックスで取り上げる内容とメリット
本トピックスでは、共同研究開発の前後を含めて、研究開発全体の流れとその中で締結する各種技術契約と共同研究開発契約の位置づけから、共同研究開発契約の事前準備、契約書の構成例と各項目で注意すべきポイント、交渉中の注意事項から契約締結後の管理まで、共同研究開発契約に関する業務全体に渡って気をつけるべきポイントや決めるべき事項について、わかり易くお話いたします。
実際に私が研究開発と技術契約の双方の業務で得てきた経験を元にお話しますので、実践的なポイントを理解することができます。
1.2 本論の構成
本トピックスは以下の構成でお届けする予定です。
なお、かなり長くなりますので、複数回(おそらく3回)に分けてお送りする予定です。
1.はじめに ←本トピックス
2.「技術契約」「共同研究開発契約」とはなにか ←本トピックス
3.研究開発の流れと技術契約 ←本トピックス
4.共同研究開発契約―契約交渉前の準備
5.共同研究契約書の構成、各条項の概要とポイントおよび「ひな形」について
6.共同研究開発契約書の条項間で気をつけるべきポイント
7.契約交渉時のポイントと契約締結から契約後の管理まで
8.まとめ
9.参考文献および(当研究所のブログ)参考トピックス
2 「技術契約」「共同研究開発」とはなにか
2.1 技術契約とはなにか
本トピックスで扱う「共同研究開発」は、「技術契約」の一種です。
では、「技術契約」とは何か?ですが、
例えば、東京都中小企業振興公社の『中小企業経営者のための技術契約マニュアル – 東京都中小企業振興公社』https://www.tokyo-kosha.or.jp/chizai/manual/gijutsukeiyaku/gijutsukeiyaku_all.pdfでは、以下のように定義しています。
(引用は『』でくくります。 太字と改行は筆者挿入、以下同様)
『一般に企業は収益拡大を図るため、特許権などの知的財産の譲渡やライセンスを行ったり、新規事業を短期に立ち上げるため、他社と共同研究開発を行ったりしています。 こうした知的財産や技術を主な対象として他社と取り交わす契約を技術契約といい、物品の売買契約や、不動産の賃貸借契約などと区別されます。』
事業で取り扱う知的財産や技術を主な対象とする契約ということ、対象(物品(動産)や不動産など)の違いによって契約の種類を区別する定義となっています。
このように、技術契約には複数の種類の契約がありますので、研究開発やその成果を利用する各段階でどの種類の契約を使うべきかを考える必要が出てきます。
特に、秘密保持契約を結ばずに相手との交渉を始めたり、最初の秘密保持契約だけで、共同研究開発まで進めてしまったりする例を見かけますので、各段階ごとに必要な契約を予め計画し、研究開発のスケジュールに契約締結に必要な期間も含めて落とし込んでおくことで、契約の抜け漏れを防ぐことが可能になります。
2.2 技術契約の種類(今回取り上げる契約)
前記のマニュアルでは技術契約の種類を以下の9種としていますが、本トピックスでは、2の共同研究契約(以下「共同研究開発契約」を取り上げてお話いたします。
1 秘密保持契約、
2 共同研究開発契約、
3 業務委託(受託)契約、
4 共同出願契約、
5 実施/実施許諾(ライセンス)契約、
6 譲渡契約、
7 オプション契約、
8 OEM 契約/ ODM 契約、
9 技術指導契約
なお、これら技術契約は個別独立のものではなく、以下のような検討・開発の流れの各段階に連動し、契約間も連携して進めていきます。検討・開発の各段階と契約とを連携させることで、各契約間の内容の整合を取りながら、各段階に応じて適切な契約を結び、円滑に研究開発をすすめることが可能となります。
3 研究開発の流れと技術契約
3.1 各種技術契約の概要
前述の技術契約の概要を以下に記載いたします。研究開発においては、主に以下のような流れの中で各種契約を締結していきます。
- 秘密保持契約
相手と自分が持っている秘密情報を交換する際に、その目的、秘密情報の取り扱い方(秘密保持の方法、誰に開示できるか、秘密情報の管理方法、利用後あるいは契約終了後の取り扱い、秘密保持義務の期間など)を取り決めます。
なお、研究開発における成果等の技術情報や、研究開発の背景となる事業上の情報は秘匿性の高いものが多いため、以下の契約の中にも秘密保持に関する条文が通常含まれます。
- 共同研究開発契約
共同研究の目的、業務と費用の分担、研究開発期間、研究開発体制、成果の帰属と実施方法などを取り決めます。
- 委託研究開発契約
相手に研究開発のすべてあるいは一部を委託する際に、委託の範囲と内容、費用、提供する設備や自社情報の取り扱い、成果の帰属などについて取り決めます。
- 共同出願契約
特許等を共同で出願する際の出願する発明の特定、主な手続き分担 、費用分担、特許権の各自の実施方法、第三者に実施許諾する際の原則などを取り決めます。
- 実施/実施許諾(ライセンス)契約
特許権等を共有する権利者間での、実施方法や実施料(ライセンス料)を取り決める実施契約と、第三者に特許権等の実施を許諾し、その際の実施方法やライセンス料を取り決める実施許諾契約があります。
- 譲渡契約
所有する特許権等を相手に譲渡する際の、対価等の条件を取り決めます。
- オプション契約
ライセンス契約を結ぶ前に、一定の期間を設けてその内容を相手方に提示して評価・検討してもらい、実施許諾を受けるか否かの選択権(オプション)を与えるために締結します。
- OEM 契約/ ODM 契約
製造等を委託する際に結ぶ契約となります。
- 技術指導契約
コンサルティングや技術的な指導を受ける、あるいは提供する際の対価や対象とする業務の範囲等を取り決めます。
以上のように、技術契約にも色々な種類が有り、研究開発の各段階によって使うべき契約の形態は異なってきます。
適切な契約の種類を選ぶことが、相手との交渉条件の抜け漏れを防ぐ上でも重要となります。
3.2 事業目的の設定と必要な技術(分野)の特定
まずは、新規事業にせよ、既存の事業の改善にせよ、そのための商品開発や生産性向上策等の事業目的が大前提となります。
この事業目的の設定が不十分、あるいは不適切ですと、その後の研究開発の成果も目的に沿わないものとなり、無駄な投資となってしまうおそれが出てきます。
その事業目的から必要な技術を検討していくわけですが、この時点ではネット情報や特許情報や自社の研究開発部門の意見、普段お付き合いのある取引先への相談などが中心になるかと思います。
例えば、通信時技術を持っていて、通信機器を製造・販売しているA社が、自社の通信機器に自動でユーザーに応答する機能を追加することを考えた場合に、機能を実現する方法の一つして、人感センサーを搭載することを考えたとします。今までに人感センサーを使用したことがなければ、新たに、人感センサーの開発・製造技術が必要となります。そこで、人感センサーに関する技術やその技術を持っている企業などに関する情報を収集することになるわけです。
3.3 必要な技術に関する情報収集
この段階では、特定した技術について、それを持っているであろう相手への情報収集を行うことになります。
まず、その技術を持っている相手の特定の手段としては、ネットでの検索、知り合いの専門家や公的機関・金融機関への相談、その技術を持っていそうな専門家や企業といった第三者への問い合わせやヒアリングが考えられますが、
この「第三者からの情報収集」において、自社がこれから行いたい事業や開発したい商品などの、必要とする技術の背景情報を相手に話す際に、必要に応じて「秘密保持契約」を結ぶことになります。
また、自社に必要な技術を持っている、あるいは開発できる能力があると見込める相手が見つかれば、さらに深い情報を得るために、秘密保持契約を結ぶことも多いかと思います。
なお、この時点で、自社のアイデアを開示した相手がそのアイデアで特許を出願して、自社が事業を出来なくなるというリスク等も出てくるので、自社の情報開示には十分な注意と、事前の特許出願などの準備が必要です。
3.4 共同検討
この段階からは、いよいよ相手との共同作業に入ります。
まずは、お互いの持っている技術やそれ以外の経営資源(知的資産、資金、設備等)と、お互いの事業目的から、協業できるかどうか、また協業する際の役割分担などについて話し合いながら、詰めていきます。
例えば、通信技術を持っているA社と、計測機器のメーカであるB社、センサー技術を持っているC社と顧客のニーズ情報を持つD社が、通信機能と新しいセンシング機能を持った計測機器を開発してD社の顧客に販売するといった目的のために「それぞれどんな技術や情報を持っているか、どんな組み合わせ方が考えるか、お客のニーズに対応できるか」などの検討を行う段階がこれに相当します。
この段階でも秘密保持契約を使うことになりますが、前述の相手探しの段階での秘密保持契約をそのまま適用する場合も多いかと思います。したがって、最初に秘密保持契約を結ぶ際に、「どの段階まで、この契約で情報交換や共同検討を行うか」についてお互いに合意して、契約の中に明記しておく必要があります。
また、今までに取引のある相手や、同じような検討を行ってきた相手等の場合には、この段階から次節の共同研究開発契約や委託契約を結んで、その中で最初の共同検討時に交換した情報の取扱を含めて決めておく場合も多く見られます。
3.5 共同研究開発/委託(受託)開発
相手の持つ技術(製品・サービス)をそのまま導入する場合もありますが、自社にも研究開発能力がある場合、相手の技術や製品を自社向けにアレンジする、あるいはお互いの技術を使って、双方にとって新しい商品やサービスを開発するなど、共同で研究開発を行うことが必要になる場合があります。
この場面では、共同開発契約、共同研究契約(以下、総称して「共同研究開発契約」と呼びます)を結んで、研究開発を進めていくことになります。
今回のトピックスはこの共同研究開発について、その交渉前の準備から契約項目ごとのポイント、契約締結後の管理などについて、後ほどお話させていただきます。
3.6 研究成果の活用(共同出願契約、ライセンス契約、譲渡契約、製造委託契約等)
研究開発の段階でも、予め出て来る成果とその活用を想定して、共同研究開発契約に盛り込んでおきますが、具体的な成果が出てきてから改めて、相手と取り決めるべき事項もありますね。
その際に結ぶべき契約の一つに、共同で発明等を行った場合に、その発明等を出願するための「共同出願契約」があります。
共同出願契約では、出願すべき発明等の特定、権利の持分割合、出願手続きを主に行う担当、費用負担、秘密保持規定、契約の有効期間、特許権等取得する知的財産権の実施方法の概要などを取り決めます。
出願して知的財産権を得た段階で、その知的財産権をどう扱うかを詳細に決めるときには、「実施/実施許諾(ライセンス)契約」を結ぶことになります。
この場合、知的財産権を共有する権利者間では実施契約、第三者にそのライセンスを供与する場合には実施許諾契約を結んで、知的財産権の利用方法、ライセンス料やその支払い方、どこまでライセンスする技術内容を保証するかなどについて取り決めていきます。
さらに、研究開発成果の活用に限らず、共同で事業を行う場合には、事業提携契約、開発した成果を更に改良する際には、次の共同研究開発契約などを結ぶことにもなります。
また、研究開発した成果を自社では使わなくなった場合は他社へのライセンス契約や「譲渡契約」を結んで、成果の再利用につなげることも考えられます。
3.7 その他(MOUなど)
以上、研究開発の各段階に応じた契約の種類について、ざっと概要を述べてきましたが、必ずしもこのような形だけでなく、
例えば、MOU(Memorandum of Understanding、基本合意書)などを結んでから共同検討を始めるなど、実態に応じて柔軟な使い分けが必要となってきます。
ネットで検索すると、上記でお話した契約のひな形なども多く見つけられますが、自社の目的や研究開発体制、研究開発テーマの難度や相手との関係によって、契約の内容も変わりますので、専門家にご相談しながら慎重に対応することをお勧めしたいと思います。
以上、研究開発において適切な契約を結ぶメリットと結ばないときのデメリット、「技術契約」「共同研究開発契約」とはなにか、研究開発の流れと技術契約について、その概要をお伝えいたしました。
次回第2回目は、
4.共同研究開発契約―契約交渉前の準備
5.共同研究契約書の構成、各条項の概要とポイントおよび「ひな形」について
6.共同研究開発契約書の条項間で気をつけるべきポイント
についてお伝えする予定ですので、よろしくお願い申し上げます!