知財・無形資産ガバナンスガイドラインと知的資産経営の関係は?

【今日のポイント】
2022/1/28に内閣府が公表した、知財・無形資産ガバナンスガイドラインは、
2021年に改訂されたコーポレートガバナンス・コードを踏まえて策定されたものですが、自社の将来像から必要な知財や無形資産を取得・構築する上で必要な投資と活用の戦略について幅広い利用者を想定しています。
その内容は、知的資産経営にも参考になるものと、まずは概要やエグゼクティブ・サマリーを一読される事をお勧めする次第です。
【目次】
1.知財・無形資産ガバナンスガイドラインVer1.0
2.ガイドラインの内容と知的資産経営との関係・共通点
2-1.知財・無形資産の投資・活用のための5つのプリンシプル(原則)
2-2.知財・無形資産の投資・活用のための7つのアクション
2-3.ガイドライン中の参考または関心を惹かれた点
3.本ガイドラインの知的資産経営での活用
1.知財・無形資産ガバナンスガイドラインVer1.0
2022/1/28に内閣府 知的財産戦略推進事務局が、表記のガイドラインを公表しました。
https://www.kantei.go.jp/jp/singi/titeki2/tyousakai/tousi_kentokai/governance_guideline_v1.html
このガイドラインの正式名称は、
「知財・無形資産の投資・活用戦略の開示及びガバナンスに関するガイドラインVer1.0」
ですが、以下の内閣府の検討会で検討されていたものです。
「知財投資・活用戦略の有効な開示及びガバナンスに関する検討会」
https://www.kantei.go.jp/jp/singi/titeki2/tyousakai/tousi_kentokai/index.html
本ガイドラインは、知的財産・無形資産の活用方法に加えてガバナンスという視点も入っているという点で、その内容や、今後の施策への展開は中小企業、大手企業を問わず、オープンイノベーションや自社の経営資源の活用を図るうえで要注目と考えています。
本ガイドラインはこちら
https://www.kantei.go.jp/jp/singi/titeki2/tyousakai/tousi_kentokai/governance_guideline/pdf/shiryo1.pdf
本ガイドラインの概要はこちら
https://www.kantei.go.jp/jp/singi/titeki2/tyousakai/tousi_kentokai/governance_guideline/pdf/shiryo2.pdf
本ガイドラインの位置づけや想定利用者は以下の用に記載されています。
(引用は『』でくくります。太字と改行は筆者挿入。以下同じ。)
本ガイドライン策定の背景:2021年6月に改訂されたコーポレートガバナンス・コード(知的財産への投資に関する情報開示や経営層による実効的な監督が盛り込まれた)を踏まえて、
企業の知財・無形資産の投資・活用戦略の構築・実行の取り組みと戦略の開示・発信による企業価値の向上がさらなる知財・無形資産への投資に向けた資金の獲得につながることが期待される旨が記載されています。
本ガイドラインP4
『こうした企業の取組が加速されるよう、企業がどのような形で知財・無形資産の投資・活用戦略の開示やガバナンスの構築に取り組めば、投資家や金融機関から適切に評価されるかについて、分かりやすく示すために、本ガイドラインの検討、作成が進められたものである。』
本ガイドラインP4
『本ガイドラインは、企業ごとのクリエイティブな発想に基づく開示・発信を促すことが、投資家や金融機関を始めとするステークホルダーとの建設的な対話につながるとの観点から、義務的な法令開示の枠組みづくり目的とするものではなく、企業の自由度を確保した任意の開示を促すものである。』
上記のように、企業にとって知財・無形資産の重要性が高まっていることを背景に、コーポレートガバナンス・コードの改訂も踏まえて、その投資・活用戦略の構築・実行と情報開示について企業の自由度を確保しつつ促す事を目的としています。
上記の2021年6月の改訂コーポレート・ガバナンスの公表に関する記事はこちら。
『改訂コーポレートガバナンス・コードの公表』
2021/6/11の日本取引所グループJPXのマーケットニュース。
https://www.jpx.co.jp/news/1020/20210611-01.html
また、本ガイドラインの想定利用者としては、
本ガイドラインP5~
『本ガイドラインは、まず大企業を中心とする上場会社の取締役や経営陣を始めとする経営戦略、事業戦略に携わる方々が、戦略を構築・実行し、投資家との対話を進める際に活用することを想定している。
加えて、企業の知財・無形資産の投資・活用戦略を支える社内の幅広い部門の方々が、戦略の構築・実行を進める際に活用することを想定している。』
と上場企業の経営層や、知財・無形資産に関わる企業の部門を想定利用者としています。
また、
本ガイドラインP6
『本ガイドラインで述べている知財・無形資産の投資・活用戦略の考え方は、中小・スタートアップを始めとする上場会社以外の企業が金融機関等と対話する際にも有効である。』
と、スタートアップなど非上場の企業が金融機関等に自社の知財・無形資産の投資・活用戦略を開示し、適切に評価されるために活用されることも想定しています。
また、本ガイドラインは、投資家や金融機関側や、中小企業を支援するビジネスを行う企業・専門家にも活用されることを期待すると述べています。
上記のように、本ガイドラインは、知財・無形資産の投資・活用に関わるステークホルダー全般に利用されることを想定して策定しているものとなっています。
2.ガイドラインの内容と知的資産経営との関係・共通点
上記のように、本ガイドラインは、知財・無形資産への投資戦略の開示と取締役会による監督を明記したコーポレートガバナンス・コードを踏まえて、関係するステークホルダー全般に向けたものとなっているので、事例も含めてかなり幅広い項目について記載されています。
本ガイドラインのp1に目次が掲載されていますが、まずはこの目次と冒頭の『はじめに』、およびエクゼクティブ・サマリー(P7~P11)を読み、次に、前述の本ガイドラインの概要資料を読んで、全体像を掴んでから、
本文中の、自社とって関係が深いと考える項目を中心に読むのが効率的かと思います。
なお、本ガイドラインについては、以下の「知財実務オンライン」のYou Tubeでも解説セミナーが掲載されていますので、まずはこのような解説を見ておくことも、本ガイドラインの狙いや検討中の経緯などにも触れられているため、全体像と本ガイドラインの趣旨を把握する上で有効かと思います。
『(第2回)知財ガバナンス™セミナー 「知財・無形資産 投資・活用戦略ガイドラインの実践法」』
知財実務オンラインのサイトはこちら
https://www.notion.so/0cfd394a3daf48f8a00a076ef0f6a5a8
本ガイドラインは、以下のような構成となっています。
(この「はじめに」に、前述の本ガイドラインの位置づけと想定利用者が記載されています。)
『はじめに
エクゼクティブ・サマリー
1. 本ガイドラインの目的・考え方
2. 投資家や金融融機関に伝わる知財・無形資産の投資・活用戦略の構築・開示・発信
3. 戦略を構築・実行する全社横断的な体制及びガバナンスの構築
4. 投資家や金融機関等に期待される役割
図表一覧
コラム一覧(1-15)
事例一覧(1-14)』
図表は本ガイドライン全体の中に記載されている図表、コラムはエクゼクティブ・サマリーと本文、事例は本文中に掲載されており、各々の掲載ページは目次に記載されています。
以下では、主に、エグゼクティブサマリーの部分について、知的資産経営の視点から、参考になると考えられる内容や私が要注目と感じた内容をご紹介していきます。
2-1.知財・無形資産の投資・活用のための5つのプリンシプル(原則)
本ガイドラインP8以降で、知財・無形資産の維持・強化に向けた投資戦略の構築を進めるにあたり、企業、投資家、金融機関に求められる原則として、以下の5項目を挙げています。
① 「価格決定力」あるいは「ゲームチェンジ」につなげる
本ガイドラインでは、知財・無形資産を活用した高付加価値を提供するビジネスモデルを積極的に展開し、価格決定力につなげること、発想の大転換を伴うイノベーションによる競争環境の変革(ゲームチェンジ)につなげることで、収益性を高め、自社の持続可能性を高める企業価値の向上の達成が重要と説いています。
② 「費用」でなく「資産」の形成と捉える
ここでは、イノベーションによる市場創世期など、知財・無形資産への投資の効果が現れるまでにタイムラグが存在することを認識して、投資を継続することの重要性を、費用ではなく、資産形成と捉えるとの言葉で記載しています。
この考え方は、知的資産経営における自社の知的資産の把握と強化や新規獲得のための取り組みに通じるものと考える次第です。
③ 「ロジック/ストーリー」としての開示・発信
ここでは、日本企業の課題として、戦略を説得力のあるロジック/ストーリーとして開示・発信する能力について触れています。
この、自社の知財・無形資産の戦略に説得力を持たせる手法は、知的資産経営の価値創造ストーリーそのものとも言えるかと感じます。
④ 全社横断的な体制整備とガバナンス構築
ここでは、改訂コーポレートガバナンス・コードを踏まえて、知財・無形資産の投資・活用戦略は、経営戦略そのものであり、経営層(取締役会)による全社的なガバナンス構築が必要な事を説いています。
知的資産経営も、知財部門などの部所単位ではなく、企業や事業全体で取り組むものであり、知的資産経営報告書や経営デザインシートのように、企業経営や事業全体における知的資産の役割と課題を把握できるツールは、知財・無形資産の取り扱いの全社での認識の共有などに利用可能と考える次第です。
⑤ 中長期視点での投資への評価・支援
ここでは、投資家や金融機関の課題として、知財・無形資産の投資・活用推進への貢献不足の面に触れています。
②に記載されている、投資と効果発現までのタイムラグを予め理解し、中長期の視点で企業を評価、支援することの重要性を強調していますが、
本ガイドラインにも記載されているように、ESG投資の視点から、企業のSDGsへの取り組みを中長期的に評価するための、企業との対話のツールとしても、知的資産経営報告書等は活用の価値があるものと考える次第です。
2-2.知財・無形資産の投資・活用のための7つのアクション
エグゼクティブ・サマリーのP10からは、上記の5つの原則を踏まえつつ、どのような取り組みを行うべきかを7つのアクションに分けて解説しています。
その中には、前述した経営デザインシートや価値創造ストーリーなど、知的資産経営の要素も記載されており、知的資産経営の手法を活用することも前提としていることが窺えます。
なお、エクゼクティブ・サマリーの以下の7つの戦略については、本文の
『1. 本ガイドラインの目的・考え方』
『2. 投資家や金融融機関に伝わる知財・無形資産の投資・活用戦略の構築・開示・発信』
『3. 戦略を構築・実行する全社横断的な体制及びガバナンスの構築』
など、企業側の実施項目の内容の要約となっており、各項目に本文の参照箇所が記載されていますので、エクゼクティブ・サマリーを読んだ後にその部分を読むことで、理解が進むかと思います。
① 現状の姿の把握
自社の現状のビジネスモデルと知財・無形資産の把握分析から、自社の現状を把握(As Is)します。
② 重要課題の特定と戦略の位置づけの明確化
外部環境のメガトレンドのうち、自社にとっての重要課題(マテリアリティ)を特定して、注力すべき知財・無形資産の投資・活用戦略の位置づけを明確化します。
③ 価値創造ストーリーの構築
自社の将来像(To Be)を描き、市場や社会への提供価値と知財・無形資産を、事業化を通して結びつける因果関係を明らかにした価値創造ストーリーを構築します。
④ 投資や資源配分の戦略の構築
①で把握した現状と、③で描いた将来像のギャップを明確にし、そのギャップ解消のための戦略と、戦略の進捗を把握するためのKPIの設定等を行います。
⑤ 戦略の構築・実行体制とガバナンス構築
戦略の構築・実行体制として、取締役会での知財・無形資産の投資・活用戦略について議論ができる体制、社内の関係部署の連携体制、円滑なコミュニケーションの環境などの整備や、関連する人材の登用育成に取り組みます。
⑥ 投資・活用戦略の開示・発信
任意開示媒体媒体(統合報告書、コーポレート・ガバナンス報告書、IR 資料、経営デザインシート等)と広報活動や工場見学などのリアルの機会も活用して、戦略を開示・発信していきます。
⑦ 投資家等との対話を通じた戦略の錬磨
主要なステークホルダーとの対話・エンゲージメントを通じて、知財・無形資産の投資・活用戦略のブラッシュアップを図ります。
2-3.ガイドライン中の参考または関心を惹かれた点
本ガイドラインは、上記のようにコラムや事例、データなどが数多く掲載されていて、色々と参考になり、また考えさせれる点も多いのですが、紙幅の関係で、ここでは3点ほど、私が関心を惹かれた点を挙げさせていただきます。
1>コラム 3: GPIF による特許情報活用
『GPIF は、特許情報を分析することによって、気候変動によって生じるコストと利益の現在価値を算出し、気候変動によって企業価値が将来的にどの程度変化するかを分析している(CVaR :Climate Value-at-Risk)。こうした分析により、これまで政策リスク面に着目されてきた気候変動要素を、ポジティブな技術的機会と捉えることが可能となる。』
P18の『③ ESG 要請の高まりと知財・無形資産の投資・活用戦略』に掲載されているコラムの一節。
ESG投資の要請の高まりを、知財・無形資産の投資・活用戦略の構築・実行を進める追い風と捉えて中長期的なプラスの価値評価につなげる事を説いている中で、特許情報分析による、企業価値が気候変動により受ける影響を例として挙げています。
このように、特許情報を市場や技術開発の動向だけでなく、環境問題などの社会課題が企業に与える影響の理解に使うという点は、今後の知財を含めた知的資産に関する社内外の情報を活用する上で必要な視点と感じた次第です。
また、本ガイドラインP32のコラム8では、IPランドスケープを特許情報以外も含めて、幅広い知財・無形資産の分析に当たって適用することが可能と述べており、
特許情報の利用方法自体も、自社、他社の知財・無形資産や知的資産の把握・分析に役立つ事を示唆しているという点で、重要かと思います。
2>自社の現状のビジネスモデルと強みとなる知財・無形資産の把握・分析
ガイドラインのP31では、上記の現状把握について、
『日本企業の中には、まず技術を開発してから何に使えるかを考える企業も多いが、このことが、強みのある知財・無形資産を価値創造やキャッシュフローに結びつけるビジネスモデルを構築できない要因となっているとの指摘もある。
したがって、強みとなる知財・無形資産の把握・分析に当たっては、技術オリエンテッドの発想で考えるのではなく、創出された社会価値・経済価値から逆算して(バックキャスト) 、自社のどの知財・無形資産が強みであるかを特定していく視点が重要である。』
と述べています。
この、将来像からバックキャストして自社のどの知財・無形資産が強みであるかを算定するという視点は、将来像からみて、自社の現在の知財・無形資産の足りない点を把握することにも繋がり、まさに経営デザインシートの考え方と一致するものと思います。
また、本ガイドラインの『(4) 効果的な開示・発信に当たっての留意点』の『② 様々な媒体を通じた戦略の開示・発信』には『コラム 13: 経営デザインシートの活用』として、経営デザインシートの利用方法も掲載されており、
ガイドラインP41のコラム『コラム 11: ビジネスモデルごとの定性的・定量的説明の例』と併せて、
自社の将来像⇒将来の提供価値⇒ビジネスモデル⇒必要な経営資源の把握と構築というサイクルを社内外に説明するうえで参考になるかと考える次第です。
3>ステークホルダーとの対話・エンゲージメントを通じた、戦略の継続的な練磨
上記7つのアクションの7番目に挙げられていた点であり、本文では、
『3. 戦略を構築・実行する全社横断的な体制及びガバナンスの構築』
の
『(1)全社横断的な体制の構築』
に記載されています。
これは、上述の、戦略の開示・発信に基づき行われるものですが、
知的資産経営でも、知的資産経営報告書や経営デザインシートを社外とのコミュニケーションツールとして利用する際に、
自社の知的資産に関する戦略を説明するだけでなく、社外からのフィードバックを受けて、戦略をブラッシュアップするサイクルを回すというマネジメントサイクルとして、取り入れるべき視点であり仕組みであると改めて感じた次第です。
3.本ガイドラインの知的資産経営での活用
本ガイドラインが対象としている、知財・無形資産は、ほぼ知的資産と同義との印象を私は受けています。
したがって、本ガイドラインでの知財・無形資産の投資・活用戦略に関する各種の取り組みは、ほぼそのまま知的資産経営にも利用できるかと思います。
例えば、2-2.の7つのアクションの中で、①、②、③は知的資産経営報告書の作成ステップにも含まれているものですし、④の将来像と現在とのギャップから現在の課題とそれを解決するための戦略を構築する点は、経営デザインシートのバックキャストでの戦略構築と通じるものかと思います。
また、⑤、⑥、⑦は、本ガイドラインが改訂コーポレートガバナンス・コードを踏まえたものであることから、知的資産経営との関係では、知的資産経営報告書や経営デザインシート、ローカルベンチマークなどの各種ツールの活用方法のうち、特に社外向けの利用方法を詳しく記載したものと捉える事もできるかと考える次第です。
(以下に7つのアクションを再掲いたします)
『① 現状の姿の把握
② 重要課題の特定と戦略の位置づけの明確化
③ 価値創造ストーリーの構築
④ 投資や資源配分の戦略の構築
⑤ 戦略の構築・実行体制とガバナンス構築
⑥ 投資・活用戦略の開示・発信
⑦ 投資家等との対話を通じた戦略の錬磨』
このように、本ガイドラインは、知的資産経営においても、
知的資産経営のマニュアルとしての利用や、また今後本ガイドラインに沿って展開される事が予想される各種施策の利用などの点で活用が可能なものと考えますので、
前述のように、まずは、エグゼクティブ・サマリーと概要資料を読んで、自社の経営戦略構築に利用できないか検討することをお勧めする次第です。
本ガイドラインはこちら
https://www.kantei.go.jp/jp/singi/titeki2/tyousakai/tousi_kentokai/governance_guideline/pdf/shiryo1.pdf
本ガイドラインの概要はこちら
https://www.kantei.go.jp/jp/singi/titeki2/tyousakai/tousi_kentokai/governance_guideline/pdf/shiryo2.pdf
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